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いじめ撃退マニュアル

生徒に媚を売ってはいけません

いじめの原因・・・人間の本能が生み出すものだと私は考えます。
人間は集団生活をしています。
その中で順位を求めるものです。
自分の位置がその組織の中で何番目の順位なのか?
意識しなくても、肌で感じています。
クラスの中での自分の順位、家庭の中での自分の順位、とくに成長期には自分がその環境の中で大きく順位が変わるときです。
故に自分が高い順位を誇示したくなります。そこで家庭では親に対しいて反発したり、クラス内でも順位争いが起こるのです。これがいじめの根底にあるものだと私は考えます。
もちろん頭ではこのような複雑なことは考えて行動してはいません。だからこそ本能なのです。

順位を争うのは人間の持っている本能から来る行動です。
実社会でも権力争いは絶えません。
だからといって順位付けを否定してはいけません。
本能を否定することはできません。
では、どうすればいいか?
もっと人間の性格や能力を認めてあげるようにすればいいと思います。
人間は生まれたときはほとんど同じ能力が備わっています。
しかし生まれてからの環境、さらにその環境の中でさまざまな選択を繰り返しそれぞれの能力や得意とするものが異なっています。
人間の性格や能力は選択の積み重ねで形成されたもだと私は考えます。
ですから「いきなり全員同じことができるようになりなさい」というほうが無理があるのです。
つまり、人それぞれ得意分野は違います。そこで競争力があり得意分野で自分の順位を意識させるのです。
学校のクラスでも30人の生徒がいれば30種類の得意分野があっても不思議ではありません。
各生徒全員に一位を取らせるといっているのではありません。
各個人がその得意分野において十分に競い合える環境を作ることが順位を争う本能をコントロールすることにつながるといっているのです。
各人が自分の得意分野で本能をいかんなく発揮することができれば、自分の得意分野ではない分野において他人を認めることができるようになります。
得意な分野を見つけ競争に持っていくことが他人を認め自分を認めさせるためにも必要なことなのです。

私は以前テレビで「小学校のかけっこで順位を付けない」とう学校があることを見ました。
まさしく馬鹿のやることです。
走るのが得意な人間がいることがなぜいけないのか?
得意でない人間を助けるのはいかにも愛情があるように思えますが、これがそもそもの間違いです。
かけっこが得意ではない生徒がいたらその生徒が十分競争力のある得意分野で競争できる環境を作ってやることが教育ではないでしょうか?
まったくばかげた教育が実際に行われているのです。
何でも順位を付けてあげればいいのです。
「やさしさクラス一位」でも「遅刻無し一位」でも「習字一位」でも「説明一位」でも何でもかまいません。
ドンドン順位を付けて自分がその分野で一位あるいは上位にいることを意識すれば得意でない分野の人間に対して尊敬する目も生まれてきます。
それこそが他人を認めるということです。

もしも自分がいじめられていたら、一番知られたくない相手は先生や親なのです。
ですからいじめは見つけにくいのです。
生徒達の順位を沢山の分野でつけることで一人ひとりを褒めて認めてあげることができます。先生から信頼されている環境をまず作ることが第一だと考えます。
いじめがあることを恐れずにそれを自ら挑んでいける生徒を作っていくことが回り道のようで実は近道になるのではないでしょうか?
また最近は体罰とかいう理由で先生から叩かれることが減っていると聞きます。
信頼関係さえあれば生徒は先生からしかられても生徒はついてきます。反発を食らうのは信頼関係が無いからです。体罰が悪いのではなく、信頼関係がないから問題になるのです。
生徒も馬鹿ではありません。普段から自分の事を認めてくれている親身になって自分に接している先生とうわべだけで自分のいいところを見てくれない先生は分かります。
信頼関係があることが大前提で、それが無ければ出発点が違うわけですからどんなに必死になってもうまくいくことはないと思います。
信頼していても生徒は子供ですから好奇心から悪いことも当然します。
しかし、信頼している先生から殴られてもしかられても決してうらまれたりすることはありません。
是非信頼関係を築き昔私達を真剣にしかってくれた強い先生になってください。

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